日野美歌さんは、1982年4月にデビュー、その年の12月に発売した「氷雨」(ひさめ)が大ヒットで一躍有名になりました。
この曲は、佳山明生さんとの競作であったことでも話題に。
日野美歌さんは20歳の頃でした。
それから40年が経ち、日野美歌さんも現座(2022年)は60歳となりました。
プライベートでは、ご結婚され夫(旦那さん)やお子さんはいらっしゃるのでしょうか。
さらに、ご実家のご家族・父親や母親についてもみてきたいと思います。
日野美歌の結婚歴|夫(旦那)や子供はいる?
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日野美歌さんさんはご結婚されて、夫(旦那さん)はいらっしゃるのでしょうか。
Yahoo!を検索すると、旦那とか夫というキーワードがでてきます。
こちら、Wikipediaの「私生活」ページをみたところ、夫やお子さんがおられるといった記述はありませんでした。
日野美歌さんに旦那さんがいらっしゃるか検索がされているのかも知れませんね。
これまでも週刊誌やメディアでは、ご結婚されたとかお子さんの話題も報道された形跡もないことから、おそらく独身の可能性が高いと思われます。
20歳で「氷雨」が大ヒットし、とても美しい女性ですのでさぞかしモテたことだと思います。
また、これまで恋愛もたくさん経験されてきたと思います。
もしかしたら、公にはなってはいませんが、パートナーがいらしてもおかしくないのではないでしょうか。
日野美歌の実家の家族構成は?
引用元:https://www.instagram.com/mika_hino/
では、日野美歌さんのご実家の家族構成について確認してみたいと思います。
こちらについても、ご両親の情報しか掲載されておりませんでした。
ただ、他の情報サイトでは弟さんがいて、ご両親が共働きだったことから、
幼少期は弟さんと一緒に祖父母に育てられたとありました。
ですので、ご兄弟は弟さんがおられると思われます。
日野美歌さんが美人ですので、弟さんも美男子かも知れませんね。
ですので、家族構成は、
- ご両親
- 弟
- 祖父母
と推察されます。
そして、共働きをされていたご両親はどんなご職業だったのでしょうか?
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日野美歌の両親|父親と母親の職業は?
引用元:https://www.instagram.com/mika_hino/
では、日野美歌さんのご両親の職業についてみていきたいと思います。
まず、父親ですが、
父はうたごえ運動の系譜を引く「国鉄横浜うたう会」を主宰していた
引用元:Wikipedia
国鉄横浜うたう会を主宰していたとありますので、国鉄の職員さんだったと思われます。
そして母親の職業は、
母は電電公社合唱団に所属していた
引用元:Wikipedia
とあります(現在のNTT)
ご両親とも国鉄と電電公社勤務ということでバリバリ働いておられたのですね。
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日野美歌の両親|父親と母親が相次いでお亡くなりに
さらに、2022年7月1日(金)に出演される「徹子の部屋」の宣伝ページにおいてご両親が相次いで逝ってしまったとありました。
引用元:徹子の部屋公式サイト
番組内ではご両親のことにも触れられるのではないでしょうか。
まず、父親がお亡くなりになったことをご自身のInstagramにも掲載されていて、
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一昨年(2020年)に他界された山形県ご出身のお父様が作ってくれたお雑煮をご自身で作ってみたとお正月のインスタに載せていらっしゃいました。
1月9日我が母、廣子84歳で永眠。昨日の通夜は仕事で出席出来ず、本日告別式にて最期のお別れ。晩年認知症が進行し老人ホームへ入所。その後、既に手遅れな状況で膀胱癌が見つかり、懸命に生きながらも力尽き、亡くなりました。私を歌の道に導いてくれた母です。母さんありがとう。父さん母をよろしく。 pic.twitter.com/3JZIb4sfTn
— 日野美歌 (@MicaHino) January 14, 2021
ご病気でお亡くなりになられたとのことですが、お母様はお父様の後を追うようにして逝かれたのですね。
引用元:twitter
今頃はご夫婦で娘・日野美歌さんを天国から見守っていることでしょう。
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日野美歌プロフィール
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本 名 | 日野美歌(同じ) |
---|---|
別 名 | 歌凛(作詞・作曲時のペンネーム) |
生年月日 | 1962年12月21日(59歳)*2022年6月現在 |
出身地 | 神奈川県鎌倉市 |
ジャンル | 歌謡曲 J-POP |
職 業 | 歌手 作詞家 作曲家 |
活動期間 | 1982年 〜 |
事務所 | 桜カフェ |
公式サイト | 日野美歌 オフィシャルサイト「桜かふぇ」 |
日野美歌さんは、本名ということからもご両親は歌が好きだったのですね。
特にお父様が国鉄で「うたう会」を主宰されていたとのことですので、歌がお好きだったということが分かりますし、歌が好きな子供になってほしいという思いがあったのかも知れません。
さらに、日野美歌さんは横浜出身ということもあって「横浜ベイスターズ」ファンです。
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実際に球場にも足を運んでいました!
さらに、プロフィールにもありますように、最近では「歌凛」という名前で作詞・作曲されていて活動の域を広めていらっしゃいます。
今年還暦になるとはいえ、まだまだお若いですし素敵な歌声とともに、素晴らしい曲作りにますます頑張ってくださることとと思います。
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