華やかなミュージカルの世界でプリンスとしてミュージカル界を背負っている山崎育三郎さんですが、両親が離婚していたことが分かりました。
そして、両親の離婚に伴って、高校時代には祖父母の介護も経験していたことも明らかになっています。
また、山崎育三郎さんは4人兄弟のようなのですが、両親の離婚によって兄弟たちはどうされているのかも気になるところです。
そこで今回は、山崎育三郎さんのご家族にスポットを当ててご紹介してまいります。
山崎育三郎の両親は離婚していた!
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山﨑育三郎さんの母親は音楽教師をされていたようです。
なので、幼い頃から音楽には触れられる家庭環境にあったということになります。
山﨑育三郎さんは中学3年生までにも舞台にテレビにと出演したようですが、
その年の夏休みからミュージカル俳優を目指し本格的に音楽系の高校に進学するために猛勉強を始めました。
この時、高校受験に関しても音楽教師である母親からの助言によって、2001年東邦音楽大学附属東邦高等学校声楽科に入学しています。
山﨑育三郎さんの両親の離婚については真実のようですが、詳しい情報がないのが正直な所です。
時期的に高校の頃に両親が離婚したのではないかとされていますが、推測の域ではあります。
高校に入学しての翌年に山崎育三郎さんはアメリカへ語学留学を果たしていることから、
スポーツでもそうですが音楽に関してもお金がかかりますので,裕福な家庭だったのではないかと言う情報もよく見かけました。
深掘りしていくと、山﨑育三郎さんの母親は岡山県出身で実家がお金持ちの家だったようです。
こちらは2016年に放送された「メレンゲの気持ち」で紹介されていたことから分かっています。
山崎育三郎さんの母親はアルプスの少女ハイジに憧れていて、ハイジになりたかったとのことで、実家の庭にはブランコやピザ窯があってヤギやアヒルも飼っていたそうです。
山崎育三郎さんの父親に関しては、新日鉄に勤めていて転勤族だったことは確かなようですが詳しいことは分かりません。
山崎育三郎の両親の離婚で兄弟たちはどうなった?
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さて、山崎育三郎さんには4人の兄弟がいることが分かっていますが、両親の離婚後はどのように過ごしていたのでしょうか。
調べてみると、山崎育三郎さんだけではなく兄弟揃って4人とも海外留学をしていました。
やはり裕福な経済力のある家庭だった言えますし、4人の息子さんを伸び伸びと育てられた山崎育三郎さんの母親のバイタリティは計り知れません。
では、山崎育三郎さんのご兄弟についてお一人づつ見ていきたいと思います。
長男:山崎祐一郎
まずは、長男の山崎祐一郎さんの経歴を簡単に紹介しましょう。
東京都出身の1981年生まれの月日が分からないので40歳か41歳となります。
桐蔭学園高等学校からカルフォルニア大学バークレー校に進学、卒業後は2006年ドイツ証券株式会社に入社し、テクノロジー業界でのM&A及び資金調達業務を行いました。
退職して京都大学経営管理大学院を修了後、京都でテクノロジー企業を創業し(株式会社メタップス)2018年11月から代表取締役社長に就任しています。
参考元:会社概要 ー 株式会社メタップス (metaps.com)
次男:山崎令二郎
次男の山崎令二郎さんは1983年生まれの38歳か39歳です。
東京都立小山台高等学校を卒業後、ニュージーランドに留学されています。
ラグビー選手として2年間クラブチームに所属し日本に帰国しました。
そして、アルバイトをしながらお金を貯めて、23歳となった2006年にウェディングベンチャー企業アールキューブという株式会社を創業したのです。
2011年に業界初の「会費婚」サービスを立ち上げたことでウェディング業界に革命を起こしました。
2016年には結婚式の自由化を目指して8000件以上の結婚式の実例が集まる結婚式メディア「ハナコレ」をリリースしています。
山崎育三郎さんも芸能の道を究めている一流の音楽家と言えますが、兄弟の内2人が会社社長というやり手であることに驚きました。(参考:keyplayers.jp)
四男:山崎厚四郎
四男さんは山崎厚四郎という名前で、4兄弟の命名を見るとこだわりがあることが分かります。
山崎厚四郎さんは1987年生まれの34歳か35歳です。
運動神経が抜群で野球に熱中していただけあって、野球の強豪校として有名な香川県の尽誠学園に進学しています。
高校卒業後にアメリカへ海外留学しており、帰国後は令二郎さんの会社をウェディングプランナーとして手伝っているようです。
今も務めているのかは定かでないとする情報もありました。
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山崎育三郎は高校時代に祖父母の介護も経験!
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毎日新聞のインタビューに応える山崎育三郎さんの記事がありましたので、ここからまとめます。
ここにはヤングケアラーという聞きなれない言葉がありました。
高校時代から2年間、認知症の祖父母を一人で在宅介護をしたと言うのです。
山崎育三郎さんが高校2年生から1年間留学し、日本に帰国したタイミングでした。
祖父母は山崎育三郎さんが小学生の時、既に祖父は認知症で上手く言葉を伝えられない、
祖母は右半身不随で車椅子生活をしていたと赤裸々に語っています。
祖父母の介護をした時は両親が離婚していて母親は実家の岡山に、父親は単身赴任で北海道にいたそうです。
3兄弟も留学や寮生活で山崎育三郎さんしかいなかったという事になります。
山崎育三郎さんは東京ですから、家族がバラバラだったのです。
ここでのお話で父親は転勤族だったことは確かなことで、
母親が十数年もの間ほぼ一人で祖父母の介護をしながら仕事に子育てにフル回転だったことが分かりました。
祖父の場合は暴力的な所があったようで山崎育三郎さんの母親も参っていたとのことです。
こう聞くと裕福で息子たちは皆海外留学を果たし、羨ましいと思っていたことが申し訳なくなります(参考資料: 毎日新聞 mainichi.jp)
山崎育三郎さんは、朝食を作り祖父母と一緒に食べてホームヘルパーさんが来たら学校へ、
帰ればそのヘルパーさんが作った夕食を食べて祖父母をお風呂に入れるというそんな介護生活を一人で過ごしてきたのです。
何で自分がと思うこともあったそうですが、よく頑張った姿を見た神様のご褒美なのか、ミュージカルの舞台に立つと言う夢が叶ったことになります。
山崎育三郎さん自身、介護生活を振り返って大変だったけど強くなれた、得るものがあったと告白しているのです。
詳しく知りたい方は、山崎育三郎さんの著書「シラナイヨ」をご覧下さい。
まとめ
山崎育三郎さんは、アメリカへの留学も大変だったようで、日本人が一人もいない環境に馴染めないながらも頑張って、日本に帰ってきたら過酷な家の状況があったとも話しています。
若い内の苦労は買ってでもと言われますが、山崎育三郎さんは苦労知らずのお坊ちゃまかと思いきや苦労人だったことが分かりました。
そして、山崎育三郎と検索すると唐揚げと出るのが気になって、もしかしたら四男さんの新しい起業かと思ったのですが、
やり手の次男さん山崎令二郎さんが2021年4月にからあげ専門店「CHICK AND KING」を白金にオープンしていました。
山崎育三郎さんのご両親がどれだけ優秀だったのかと思えるほど4人兄弟が4人とも成功を収めているとは、優秀さを少し分けて欲しいくらいです。
山崎育三郎さんに対する見る目が少し変わってきた感がありませんか?
これからの山崎育三郎さんの活躍から目が離せません。
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